五福星

第８回

それでは、おやじのおとっつぁんとおっかさんについてのご紹介。

おやじのおとっつぁんはデブのおやじの父親だということが想像もつかないほどにヒョロヒョロに痩せたオヤジです。おっかさんの言葉を借りれば「ウチのオヤジはサンマのように細い」のだそうです。
では、ヒョロヒョロのおとっつぁんをサンマと呼ぶおっかさんはどうかといえば、これこそおやじの母、ひとことで言えば、トドのような感じです。つまり、トドがゾウアザラシを産んだというような絵を想像してください。ひとえにデオキシリボ核酸のおかげです。
で、一体全体この両親のどこが強烈なキャラかと言いますと、これは物語を読んでいただければわかることですが、まあ、マンガを地で行くような人たちなのです。

おとっつぁんは、結婚当初は髪の毛がふさふさと生えていましたが、おやじが２３歳にもなるころにはだいぶ薄くなっていました。一般的に言えば、これは多くの男性に起こる生理現象なわけですが、おやじのおとっつぁんの場合はそれに拍車をかける行動を若い頃からやっていました。

おやじがまだ生まれる前のことでした。おとっつぁんの出張中におっかさんがおとっつぁんの机の上を掃除していると、ちょっとした読書家のおとっつぁんが机の上に置きっぱなしにしていた本があるのに気づきました。おっかさんは何となく手に取ってパラパラとめくってみました。けれども、その本はおっかさんにとっては記憶に残らないほど興味の持てないものだったので、おっかさんはそのまま本を閉じて、もとに戻しておきました。
翌日、おとっつぁんが帰ってきました。そして、自分の部屋で着替えた後、部屋から出てきて、怖い顔をしておっかさんに言いました。
「おい、おまえ、おれの本、開いたな？」
「え？あら、あたし、触ってなんかいないわよ」
「ウソつけ。おまえは間違いなく触ったんだ！」
おとっつぁんが机の上に置いておいた本は決して女性に見られるとやましい思いをするようなものではなく、むしろ小難しく見える経済関係の本だったので、おっかさんはなんでそんな本のことで目くじらを立てるのだろうと不思議に思いました。
そんな、キョトンとしているおっかさんに、おとっつぁんはまた言いました。
「おい、おれの本開いたべ？ウソつくなよ。おれはな、おまえが少しでも触ったらわかるように仕掛けをしておいたんだぞ」
そう言って、おとっつぁんは細い髪の毛を一本おっかさんに見せました。
「いいが？おれはな、おまえが触ったらわかるようにな、この髪の毛を本の間に挟んでおいたんだ。その髪の毛が、本の間にはねくて（なくて）、おれが髪の毛を置いたはずもねえ机の上に落っこってたんだぞ。なんで落っこってたんだ？な、開いたべ？白状しろや。白状したら、おごんねがら（怒らないから）」
あまりのことにおっかさんは唖然として言いました。
「あのね、掃除してたら動いちゃったから、もとに戻そうと思って手に取っただけなのよ」
おっかさんの言い訳に、おとっつぁんは「フン！」というような表情で言いました。
「おれはや、おまえと違って几帳面なんだ。だがらな、おれの留守中におまえがおれの私物に触ったらすぐにわがるように、髪の毛抜いてあっちこっちに挟んでだんだど。わがったが？いいが？これからは気をつけろ。今日のとごろは赦してやっから」

あれから２０年、おとっつぁんは、たまにはへそくりやおっかさんに見られるとまずそうな本なども隠しておいたようで、その発見防止には髪の毛の術は役に立ったようでしたが、変な几帳面を自認するおとっつぁんも、その変な几帳面さのゆえに自分の髪の毛を自然の状態よりも早く失うことになることまでは計算していませんでした。
さすがにおやじが成人する頃にはおとっつぁんはもうそんなことはしなくなっていました。なぜって、毛が薄くなってしまったから。おとっつぁんは誰にも何も言いませんでしたが、きっと心の中では後悔していたはずでした。

さて、で、おっかさんはというと、･･･

「ピンポ～ン！」
おやじの実家の玄関のチャイムが鳴りました。
「あら、こんな遅く誰だろう？」
もう夜の９時近くになっていました。
ガラガラガラ･･･。おっかさんは玄関のスチールの引き戸を開けました。すると、そこにいたのはバカ息子とその嫁と･･･。
「あらっ、あらあら、あらっ！あんた、いつ子供できたのっ！」
おっかさんが思わず声を上げました。おやじは何のことを言われているのかわからなくて、おっかさんに聞きました。
「何や、子供って？」
「ほら、あんた、今抱いてるじゃないの！」
「あ゜～？」
おやじがおっかさんの目線を見ると、どうやらおっかさんはコバヤシのことを言っているようなのです。おやじは「やんだな（いやだな）、このおふくろ！」と思いながらも答えました。
「何言ってんのや？おふくろ、もう目見えなぐなったのが？白内障どが夜盲症まだはええ（早い）んでねえが？よっく見ろや、これは犬だべ？」
「あらっ！あら、そうなの。あんたにあんまり似てたから、あんたの子供かと思ったよ。オホホホホホホホ･･･。そうだよねえ～。あんたに子供できたら、あたし、お祖母さんじゃないの。まだそんな歳じゃないし、それに、そんな変な顔した孫、いたら困るよねえ～。オホホホホホホホ･･･」

こういうのを、裁判官の使う用語を借りて言うならば"短絡的で自己中心的"な人生判断となるでしょうか。とにかく、おやじのおっかさんには、人の話を最後まで聞かない、すぐに早とちりをして勝手に思い込む、そして勝手に慌てふためく、という習癖があるのです。
案の定、常識では考えにくいことですが、おっかさんはコバヤシをおやじとかみさん夫婦の子供だと、まずは勘違いしたのです。でも、こんなこと、まだまだ序の口でした。

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