五福星

第３回

姑が帰ってきました。いつものように三越の紙袋を持っています。老舗ブランド好きの姑は、気が向くと、日常の野菜の果てまで三越で買ってきてしまいます。娘であるかみさんにすれば「ナニ無駄遣いしてんだよ」ってことになりますが、自分のお金で買い物しているわけだし、少し痛んでからはおやじ夫婦も高級野菜にありつけるので、そうそう文句ばかりも言っておられません。
「また何日かして萎びてから、おれらも食わされるんだべな」
おやじがそんなことを言っていると、かみさんがちょっと慌てて言いました。
「ねえ、ちょっと。そのパグどうすんの？家賃も払ってないのに、どう言い訳すんだよ」
そう言われて、おやじは慌ててパグをＴシャツの中に隠しました。ただでさえ出ているおやじのお腹がさらにポッコリと膨れました。
パグの小犬は変な所に押し込められてもがいていましたが、おやじにギュッと抑えられて、仕方なくおとなしくなりました。

そこへ姑がやってきました。
「お母さん、お帰り！また買い物してきたの？」
「そうだよ。自分の金使って悪いか？」
「そんなこと言ってないでしょ。どうしてすぐにそうつっかっかってくんのよ！」
日課の親子喧嘩が始まりましたが、おやじはお腹を抑えたまま参戦しません。すると、姑がおやじのほうをジロリと睨みました。そして、
「おやまあ、珍しいこともあるね。いつもだとあたしらの口喧嘩を煽るようなこと言うのに、黙っててさ。ん？なんだ？おまえ、男のくせして腹膨らませて･･･。フン、どうせ産むなら人間の子産みな！」
そう言うと、姑はさっさと自分の部屋に行ってしまいました。

おやじは嫌な気持ちになりながらかみさんに言いました。
「なあ、かあちゃんよ。おめえのおふくろ、ひょっとして透視能力でもあるんでねえべが（あるんじゃないの）？」
「なんで？」
「だってよ、おれの腹見て、人間の子産めっつったべ（と言っただろう）？人間以外が入ってるっつうのをまるで透視してたみてだべ（みたいだろう）」

おやじは、実は、こう見えてもかなりの怖がりで、学研ムーシリーズの愛読者でもあったのです。
そういうわけで、何かちょっとでも自分のアタマで考えられないことがあると、すぐに"ムーモード"に入ってしまって、オカルト的に物事を解釈しようとするのです。そんなおやじの変な習癖に呆れながら、かみさんは言いました。
「一体、うちの親、何年生きてると思ってんの？あのくらい生きるとさ、半端じゃなく強かになるんだよ。あんたの悪い行状よく観察してるようだからさ、きっと親には食べさせてたくない物を隠してるとでも思ったんじゃないの？」
「んだがなあ～。でもや、これがらどうすっぺ（どうしよう）、この犬･･･」
「どうすっぺて、あんたが買ってきたんでしょ。責任持って世話しなさいよ」
「なにや、おめえだってカワイイっつったべ？カワイイんなら、おめえも面倒見ろや！」
すると、向こうのほうから姑の咳払いが聞こえてきました。おやじは慌てました。
「やべっ！この犬、どうすっぺ。とりあえず車の中さでも隠しておっか（おこうか）？」
そう言って、おやじは慌てふためきながら小犬を外へ連れて行きました。そして車の中に放り込むとすぐに戻ってきて、白々しく声をあげて言いました。
「なあ、かあちゃん。腹さ入れでだおめえの腹巻あったまったど。ほれ、やっからよぉ。風邪ひくな！」
かみさんはムカッとしました。けれども、今、ここで母親に犬を買ったことがバレてしまうと大変なことになるのは見え見えです。もっとも、姑は以前犬を飼っていてそこそこ面倒を見ていたので、きちんとした手順さえ踏めば理解を得ることは可能なのです。かみさんはどうしたらいいか考えました。でも、すぐに面倒くさくなって、考えるのをやめてしまいました。
「いいや。あのバカおやじにまかせておくか。自分のしたことは自分で始末させないと、悪い癖がついてしまうからね」
そんなふうに思って、かみさんは洗濯物を持って二階の自分の部屋に上がって行ってしまいました。

おやじは一人、姑と同じ一階に置かれてしまいました。
「困ったなあ･･･。なじょすっぺ（どうしよう）？あの犬だって、腹減らすし、小便だってしてえべし（したいだろうし）、糞行きてえだろうしなあ～」
おやじは、デカイ身体を小さく丸めて眉間に皺を寄せて困り果ててしまいました。

そんなおやじを、姑は襖の間からじっとて見ていました。実は、姑はおやじが犬を買ったのを知っていたのです。おやじが入ったペットショップは三越の近くにありました。買い物を終えて出てきた姑は、おやじがペットショップから変な顔をした小犬を抱えて出てくるのを目撃してしまったのです。
「あのバカ婿め、金がないと言って他人の家に入り込んで無銭飲食してるくせして、犬なんぞ買いおって･･･」。
そう思った姑はおやじが去った後、同じペットショップに入って犬の値段を確かめていたのでした。

そうとは知らぬおやじは、いかにも『ムー』の読者にふさわしく、超常的に姑のことを恐ろしく感じ始めていました。
「おれ、とんでもねえ女と結婚してしまったんでねえべが？おふくろが透視能力あるっつごどは、娘にも遺伝してっかもわがんねえ～。ヤベエ～、おれのこれがらの人生真っ暗だあ～！浮気なんかしたら、すぐにバレるんでねえべが？なじょすっぺ～～～～！！」

こうして、まぬけなおやじの珍妙な生活が始まりましたが、この時点では、まさか自分の買った犬までが超常的だとは夢にも思っていなかったのです。

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