五福星

第２３回

そして、遂にコバヤシのおやじへの逆襲が決定打を放つ時がやってきました。

かみさんが例のマンションの近くまで行くと、コバヤシはまたもやまるでかみさんを引っ張るようにそのマンションの入り口付近まで行きました。
けれども、コバヤシはすぐには中に入ろうとはしません。なぜか建物の脇に回ろうとするのです。かみさんは不審に思いながらもコバヤシの後に付いていきました。すると、コバヤシはマンションの駐輪場へと入って行ったのです。そして、ぺちゃんこの鼻先をクンクン、クンクンします。かみさんも一緒にクンクンしてみましたが、よくわかりません。そのうちコバヤシはある一台の自転車の前で止まりました。そして、サドルの辺りをまたしてもクンクン、クンクン。

「ん゛～～？」
かみさんは首をかしげましたが、次の瞬間、はっと思い出しました。
「そうだ。この自転車はうちのバカおやじが友達から借りたって言って、夜中に帰ってきた時に乗ってきたヤツだ！」

それがどういう状況だったか説明しましょう。
旧五福星が仙台一の歓楽街、国分町の近くにあったこともあって、おやじは仕事が終わると飲みに行くことがしばしばありました。
と言っても、下戸のおやじはお酒が目的ではなく、お友達とのおしゃべりが目的なのです。（おやじは今でもおしゃべりです。しゃべりだすと止まりません。おまけに近頃では自分のことをオレではなくてボクなんぞと呼んでおります。アホか！）そんないつもの飲み会のあった日のことでした。おやじよりもはるかにお酒の強いかみさんが先に家に帰って、五福星から持ち帰った売れ残りのチャーシューと白髪ネギを肴に一人でマッコリを飲んでいると、アパートの外でキーッという、わかり易すぎるほどの自転車のブレーキの音がしました。そして、おやじのご帰還。
かみさんがおやじに尋ねました。
「どしたの？今、自転車の音がしたけど･･･」
「お、あれか。おれ乗ってきたんだ。飲んでて知り合った奴がこの近所に住んでて、タクシーさ乗せできてもらったんだ。ほいで、お茶飲んでげっつうがら、ちょこっと呼ばれてきたっつうわげだ」
「あ、それで、自転車借りてきたわけ」
「んだ。明日でも返しさ行ぐべ」
「ふ～ん･･･」
その時かみさんは、何も詮索することもなく聞き流したのでした。

そして、本日この時がやってきたのであります。
「そうか。飲んでて知り合った奴がみぃちゃんなんだな。女じゃんか。あのバカ男め、よくもやってくれたな。一体誰のおかげで今まで五福星やってこれたと思ってんだ。計算が全然できなくてどのくらい儲かってどのくらい損してるかさえわかってないくせに親方面しやがって。一体誰のおかげでラーメン屋の親方してられるってんだ。いくらラーメン作れたって、経理ができなかったら商売なんか絶対に成り立たないのにっ！」
かみさんの胸には悔しさが激しく込み上げてきました。そして、今ひしひしと、おやじの両親や親戚から聞かされた事柄を思い出すのです。（例えば、小学生のころ、自分の家で晩御飯を食べた後すぐに隣に住む親戚の家に行って、まだ食べてないと嘘をついてちゃっかりとよその家の晩飯に預かる。そして、こう言い放った。「親はなくても子は育つ～」などなど･･･）
パニックになってしまったかみさんがカーッとなってマンションの入り口までコバヤシを引っ張って行くと、なぜかかなりのタイミングで階段を降りてくる足音がしました。
「あの足音って、ハイヒールの音だ。え？まさか、その女の人だったりして～」
あろうことか、気の強いはずのかみさんなのになぜかとたんにひるんでしまい、コバヤシを小脇にかかえて逃げ出そうとしました。

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