五福星

第６回

かみさんのちょっとした機転のおかげで、小林家先祖伝来の皿なる代物を勝手に持ち出してドロボーになってしまう、なんてことにならないで済んでいたおやじでしたが、犬のことはバレてしまったので、仕方なく姑に謝って、そのまま犬を飼わせてもらうように頼みました。これに対して、おやじ嫌いの姑も決して動物嫌いではなかったので、おやじが責任を持って飼うという条件付きでようやく認めてくれました。でも、コレって、小学生ぐらいのガキンチョが親に動物を飼う許可をもらうのと同レベルのことですよね。情けないネ。

さて、そうこうして一週間ほど経ち、また五福星の定休日がやってきました。おやじが、暇つぶしにパチンコにでも行こうかと思っていたら、何を思ったか、姑が近寄ってきました。
「ゲッ！不吉な予感がすっと（予感がするぞ）･･･」
こんなふうに嫌な予感に恐れおおののくおやじの側までやってきた姑は、おやじにとってはかなり意外なことを口走りました。
「あんた、あの皿なんだけどさ、あんた、あの犬に舐めさせただろ？」
「は、はい。申し訳ねえこって･･･」
「それでさ、あたしは犬そのものは嫌いじゃないんだけどさ、あの、あんたそっくりの小汚い顔した犬が舐めたと思うと気色が悪くて仕方がないんだよ」
「はい、ごもっともで･･･」
「それでさ、あんたに弁償してもらおうと思ったんだけど、なにせ小林家先祖代々の由緒正しいお皿だからね、弁償のしようがないんだよ」
「へい、誠に申し訳ねえこって･･･」
「それでさ、ちょっと考えを変えてさ、あんたにあのお皿あげようかと思ってね」
「エエッ？？？ホントすか？」
「いらないかい？」
「いや、いりやす、いりやす！いただけるモンは何でもいただきやす！」
「ああ、そうかい。それじゃあ、話は簡単だね。じゃ、持っていきな」
「持っていきなって、おれ、ホントにいただいてもいいんすか？」
「くどいね！やるって言っただろっ！」
「あ、はい。おありがとうごぜえやす。遠慮なくいただきやす！」

姑から小林家先祖伝来の皿をもらったおやじは、
有頂天でかみさんに見せました。
「おい、おめえのおふくろ、遂にモウロクしたんでねえが？
おれさこの皿けだ（くれた）ど！」
「え～～～？ウソでしょ～がぁ～」
「ほれ、よぐ見ろや。この皿に間違えねえべ？」
「ホントだ。ん～～、でも、あたしの勘だけどさ、きっと悪いことが起こるよ。だって、あの親、そんな生易しい生き物じゃないんもん」
「だって、けだべ（くれただろう）？いい人だべぇ～、おめえのおふくろは」
単細胞のおやじは、１０万円の皿だと思うとうれしくて、かみさんが止めるのも聞かずに中学時代の同級生の親が経営している質屋に飛んで行ってしまいました。
「知らないよ。どうなったって･･･」
母親の性質をよく知るかみさんは、「ひょっとしてあの皿、ニセモノじゃないの？」と思い始めました。

さて、おやじが出て行った後、姑がかみさんのところへやってきて言いました。
「ねえ、あんた。あの犬、何て名前付けたのよ。もう一週間も経つのに名前も付けてないのかい？」
「え？あ、あ゛～ぁ･･･、名前ねえ。そうだよね、もうそろそろ付けないとね。バカおやじが帰ってきたら、一応相談してみるよ。アイツが犬を買ってきた張本人なんだから」
「ふ～ん･･･。あんたら、変なところで呑気だねえ」
そうなんです。姑にはまだ犬の名前がコバヤシだということを話してはいなかったのです。なぜって、話したら大変でしょうが･･･。

しばらくしておやじが戻ってきました。ドカドカと足音を立てて、エライ剣幕です。
「おい、婆さん。よくもおれを騙したなっ！」
「フン、何だよ、その態度は。まるでゾウアザラシが暴れてるみたいじゃないのっ」
「うるせえ。質屋のオヤジに見せたらよ、何だこんなモンつわれたど（と言われたぞ）。何や、これは？え？皿の裏側さ"パチンコ『ハチ公』２０周年記念"て書いてあるべ。え？何や、パチンコ『ハチ公』って」
「フン！それで、質屋に何て言われたのさ？」
「あのオヤジはなあ、おれがガキん時から知ってんだげんとよぉ、おめえ字が読めねえのがって言いやがったんだど！」
「そりゃ、上等だね。ホントにそうじゃないの。質屋に持っていく前に見るくらいしなかったのかい？バカだねえ、ホントに！その程度だから、騙されるんだよっ！」
「うるせえ！よくも騙したなっ！」
「おまえ、さっきからあたしのこと騙した、騙したって言ってるけど、そっちこそあたしを騙しただろう？え？家賃も払わないで他人の家でメシ食ってるくせして８万円もする犬買ったりしてさ！」
この時、この口論の中ではじめてかみさんが口を開きました。
「え？８万円？ちょっと、バカおやじ、あんたあたしに９万円って言ったでしょ！ウソついて店の売上げ１万円パクったなっ！」
話が妙な方向に飛び火してしまいました。
「ま、待ってけろ！かあちゃん、待ってけろ！た、確かにウソついちまったげんとも、だげんと、なんでこの婆さん８万円だって知ってんのや？」
「このバカ婿！あたしには霊感があるんだっ！」
「ひえっ！」
この霊感という言葉、姑はとっさに口から出まかせを言ったに過ぎなかったのですが、まぬけなムーおやじはやっぱり透視能力があるのだとすっかり恐れ入ってしまいました。

と、その時でした。姑がモノスゴイ形相で叫びました。
「誰だっ！そんな所にウンコをしたのはっ！」
おやじとかみさんが姑の指さす廊下に目線を移すと、そこには確かにウンコが２つ、転げていました。
思わずおやじが叫びました。
「お、お、おれでねえっ！絶対におれでねえっ！な、婆さん、あんた霊感あんだべ(あるんだろう）？んだったら、おれでねえっつうの、わがっぺ？信じてけろや！」

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