五福星

第７回

誰も責めてもいないし疑ってもいないのに、「おれじゃねえ～、おれじゃねえ～」と叫ぶまぬけなおやじに、かみさんが言いました。
「ねえ、何一人で暴れてるのよ。誰もあんたがやったって言ってないでしょ。それにさ、常識で考えたって、これは犬のウンコに決まってるじゃないの。バッカじゃないの～？」
すると、姑が合の手を入れました。
「そうだよ。バカじゃないのじゃなくて、バカなんだよ。それとも、やっぱりおまえは人間じゃなかったのかい？」

ちょっと冷静に考えてみれば、確かにそうなのです。かみさんも姑もおやじを責めたりはしていませんでした。けれども、おやじが勝手に条件反射的に濡れ衣を着せられるのではないかと邪推して叫んでいただけなのでした。
「い、いやあ。おれとしては、別に常識とがっつうもんがねえわけではねえんだげんとも、何となく、おれが疑われそうでや」
すると、姑が言いました。
「じゃあ聞くけどさ、一体どこのお犬様がこんな所にウンコなんかしたんだろうねえ～？」
「だがら、婆さん、その言い方がおれの心を傷つけるんだべや。もっと嫌味じゃねえ言い方はできねえのが？」
「何だ、おまえ！いつ誰がおまえの心を傷つけたって言うんだ？それが曲がりなりにも自分の女房の親に向かって言う言葉か？」
「へイ、すんません･･･」
話がこれ以上こじれると嫌なので、おやじは仕方なく謝りました。

一応騒ぎは収まったので、かみさんは犬のウンコを片づけようと、ティッシュペーパーの箱に手をかけました。その途端、姑の喝が飛んできました。
「ちょっと、待ちな！そのウンコ、おまえたちの犬のに決まってるだろ？だったら、自分たちで買った紙使いな！一枚たりともうちの物は使わせないよ。雑巾も、うちのは使わせないからね。自分たちの車に入ってるのを使いな！」
おやじは仕方なく、車に入れておいた雑巾とティッシュペーパーを持ってきて、かみさんと一緒に犬のウンコの始末を始めました。

その時でした。コバヤシがちょこちょこと出てきたのです。とっさにおやじは自分の身に降りかかった姑の怒りをコバヤシに向けて自分だけは助かろうという小ずるい考えを起こし、コバヤシを大声で叱りました。
「おい、コラッ！おめえ、コバヤシ！おめえ、よくもこんな所にウンコなんかしやがったな。このバカ犬めっ！おいっ、コバヤシ、このバカヤロ～！てめえ家の外と中の区別がつかねえのか？おいっ、返事しろっ！このバカ犬、バカのコバヤシ！」

まだおやじに飼われて一週間程度しか経っていなくて、しかも飼い主がおやじですから、躾けなどしているはずがありません。そんな飼い主としての粗相を棚に上げて自分を叱りつけるおやじに、コバヤシは小犬ながらも不満を感じました。
しかし、世の中には、コバヤシよりももっと大きな不満を、いえ、怒りを持ってしまった人もいるのです。
姑が声を震わせておやじに言いました。
「おい、バカ婿っ！今、何て言った？」
まぬけなおやじは姑の質問に素直に答えました。
「へい。おめえ、コバヤシ！よくもこんな所にウンコなんかしやがったな、って申しやした」
「おいっ、バカ婿っ！そのコバヤシっていうのは、その汚い顔をした犬の名前か？」
「へい」
と言ってしまって、おやじはやっとのことでシマッタと思いました。でも、もう何を言い訳しても手遅れです。
「このバカ婿め。犬の名前にコバヤシなんて付けおって～！あたしをバカにしたんだな！おまけに、おのれ、由緒ある小林家の名まで汚しおって！」
姑は猛烈に怒りだしました。そして、怒りが余って唇がわなわなと震え、上の歯と下の歯がぶつかってガチガチと音を立てました。
これを見て、さすがに実の娘であるかみさんは母親のことが心配になりましたが、鈍重なおやじはそれを感じるどころか、また余計なことを言ってしまいました。
「あれや、婆さん。さっきから何、歯～ガチガチやってんのや？獅子舞の練習が？だげんと、正月さぁまだはええどぉ～（正月にはまだ早いよ）！」
このおやじの一言で姑の怒りは頂点に達しました。
「出て行け～～！おまえら、二人とも、犬も一緒に出て行け～～～っ！」

こうして、おやじのかみさんの実家への寄生は終わりました。
そして、その日のうちに荷物をまとめて追い出されてしまったおやじ夫婦とコバヤシは、車に乗って仙台市内をあっちへウロウロ、こっちへウロウロ･･･。しまいにはおやじは泣きそうになってしまいました。
「なあ、かあちゃん。おれら、このまんま車上のジプシー生活すんだべが？店に寝泊まりできなくもねえげんと、そんでは身が持たねえしなあ～」
すると、かみさんが淡々とした口調で言いました。
「うちの実家追い出されたのはあんたのせいなんだから、責任取ってもらおうか」
「せ、責任って何や？」
「あんたの実家に少しの間だけお世話になるしかないじゃないの。あたしたち、ただでさえ余分なお金がないのに８万円もする犬買ったりするから、ホントに暮らすの大変なんだよ。他にどんな方法があるっていうの？あたしだってさ、舅や姑と同居するのは好きじゃないよ。ただでさえ反対された結婚なんだから。でも、この際、背に腹は変えられないから、ガマンするよ。だから、あんたの親のうちに行ってみようよ。あんたのせいであたしの実家にいられなくなったって知ったら、あんたのお父さんもお母さんも少しは譲歩してくれると思うんだ」

実を言えば、おやじの両親と同居するというは、やはりかみさんの身になれば一番避けたい事柄でしたが、なぜかおやじ自身も自分の両親との同居は望んではいなかったのです。だからこそかみさんの実家に転がり込んだわけだったのですが、では、なぜおやじがそんなに自分の親と暮らしたくないのかといえば、それはさすがにおやじの生産者としか言いようのない強烈なキャラの両親だったからなのです。

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