五福星

第１６回

2階では一同が弁当の寿司折りを開いて食べ始めていましたが、突如、琴のお師匠さんの一人が辺りをキョロキョロ見回しながら言いました。

「あら。あたくしのだけ玉子焼きが入ってないのかと思ったら、他の方のにも入っていないんですのねえ。オホホホホホホホ･･･」
そう言われて、一同、一斉にお互いの寿司折りの中を覗き始めました。
「あら、ホントだわ」
「ムム。なるほど･･･」
尺八吹きのオヤジの一人が言いました。
「いや、これはなかなか異なことですなあ。玉子焼きが入っていないのに玉子焼きの臭いがする。ムムッ、やはりこれは異なことですっ！」
すると、さっきの琴のお師匠さんとは別のお師匠さんが言いました。
「あら、これ、玉子焼きの臭いですの？あたくしは腐りかけたゆで卵の臭いだと思ってたんですけど」
「まあ、そうかもしれませんわね。オホホホホホホホ･･･。でも、それにしても、どうして卵料理がないのにそんな臭いがするのかしらねえ」
おっかさんがそんなことを言いながら辺りを見回していると、次第にどの人の視線もこわばり始めました。そして、その視線はやがて床の間の真ん前に座っている小林先生のほうへと向けられていったのです。

そんなお師匠さんたちの様子を末席で観察していたお弟子さんの一人がもう一人に耳打ちしました。
「ねえ、小林先生の研究論文てどんなんだか知ってる？」
「知るわけないじゃん」
「聞いて笑えるヨ」
「え、何？」
「『食物繊維の摂取によって体内に発生し、かつ排出されるガスの濃度と音量』だって」
「え～？何、ソレ！」
「こういうの、ホントの屁理屈っていうんだよ」
「クククク･･･。それで尺八吹こうってが～？」

そんな口さがないことを密かに言われているとはつゆ知らず、小林先生は卵の臭いの下手人が自分だと誤解されていることに憤慨し、立ち上がって言いました。
「皆さん！あなたがたはお上品ぶって心の中ではかなり邪なことを想像しておいでのようだが、断じて言う。私は臭いの元ではありません！確かに、私は研究の一環として、毎朝きんぴらごぼうと大学いもを食するようにしてはおりますが、今朝はすでに十分に排泄しており、今、この場で成すようなことは決してありません。摂取量に対する排出量の割合については、下世話な民間知識しか持たぬあなたがたと違って、研究者である私はきちんとしたデータを持っておるのですっ！」

これを聞いて、またお弟子さんたちがひそひそ･･･。
「それって、自分で人体実験してるってこと？」
「クククク･･･。面白すぎる！」

お弟子さんたちのひそひそ話はともかくとして、小林先生が憤慨し始めたので困ったおっかさんは、先生をなだめようと、立ち上がって先生のいる床の間のほうへと向かいました。そして、
「小林先生。皆さん、別に先生を疑っているわけではないんですよ。ただね、たまたまこちらのほうで臭いがしたから･･･」
と言いながら、ふと床の間の中へ目をやりました。すると、ある光景がおっかさんの目に飛び込んできたのです。それは、座っていれば決して目には入ってこない光景でした。
「あら？あらあら、あら？」

そうです。おっかさんの目に飛び込んできたのは、鏡餅の横に、まるでレイアウトでもしたかのようにきちんと正座しているウンコだったのです。その上、鏡餅の下の段はガリガリにかじられていて、小林先生が持参した笹蒲鉾の包みは無残にも破られ、さらにその中に入っていた蒲鉾１枚の袋も引き裂かれていました。もちろん中身はありません。
おっかさんはすぐに状況を把握しました。
「あら～～～～っ！コバヤシっ、コバヤシだわっ！あのおバカ！いつの間にここに入ってきて出て行ったのかしら。んんん～～、コバヤシめ～～っ！」

そして、そこでさらなる悲劇が起こりました。それがどんなものだったかは、ここまで読んできてくださった方々にはすぐに想像のつくことだろうと思いますが･･･。

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