今はインターネットの時代である。インターネットにさえ接続していれば、世界中のどこの国とでもコンタクトが取れる。それも時差を気にせずにである。便利になったものである。とはいえ、つい一昔前まではパソコンをいじれなければインターネットも何あったものではなかったが、それも今は昔、世の中はもはやスマホの時代と化している。スマホまたはタブレットの時代とは何かと言えば、すなわち、キーボードが叩けなくても文字が入力できるということである。

しかし、おやじがパソコンに目覚めたころは不幸にしてそういう時代ではなかった。すなわち、キーボードから文字の入力ができないおやじにとってパソコンとは地獄の利器に等しかったのである。にもかかわらず、おやじはパソコンに挑戦し、インターネットを始め、そして、悪いサイトにはまって無駄金を遣い、かみさんにブン殴られた。これだけ書くと、世の人々は、かみさんをよほど恐ろしい女だと思うに違いない。しかし、事実はそうではない。いつものように、やはりおやじが悪かったのである。

今は昔、おやじの国際化は思わぬところから始まった。

ある日、岩手県北部の中学生が修学旅行で五福星を訪ねてきた。
「すみません、あのう、インタビューさせてもらいたいんですが」
「あ゛～？何？インタビュー？どういうこと？」
「あの、僕たち修学旅行で来たんですけど、課外学習ということで、自分たちで決めたテーマでインタビューしなきゃないんです。僕たちが選んだのは仙台のラーメン屋さんで、インターネットで仙台のラーメン屋さんの情報を探していたら、前にテレビでも見たことある五福星さんが出てたものですから･･･」

素朴でまじめそうな少年は一生懸命におやじに説明した。そういえば、五福星は東北六県共通のローカル番組で紹介されたことがあったのだった。

「おれ、インターネットとかホームページとかって何のことだかわかんねえよ。大体、パソコンなんてもん持ってねえがらさぁ」
「あ、そうですか。でも、情報としておたくのことを書いている人がいたので。それで、少しお聞きしたいことがあるんですけど」

きちんと敬語を使うことのできる子供たちである。おやじはおれよりも賢いと感心しながらインタビューを受けた。インタビューと言っても、中学生の考える質問だから、どうしてラーメン屋になったのかとか、ラーメン作りでどういう工夫をしているのかとか、大体そんなものだった。仕込み中で忙しいということもあったが、おやじは淡々とインタビューに答えるだけで、まさか自分から相撲協会にスカウトされた話とか自衛隊を追い出された話とかをするほどのオバカではなかった。

さて、こうしてこの世の中にインターネットなどというものがあり、自分の知らないうちにホームページ上でいろいろ書かれていると知ったおやじは、性格的にはアナログ志向が極めて強かったが、何を書かれているか知りたいのと、税理士からかみさんの事務の負担を軽減するためにパソコンを導入したらどうかと言われていたこともあって、ついにパソコンを購入する決心をしたのだった。

オークションやセコハンが大好きなおやじは、質屋に行き、いまでは質屋の跡取りとして店番をする中学時代の同級生から型落ちのノートパソコンを買った。だが、パソコンは買ったものの自分で初期設定などできるはずもないおやじは、新しいもの好きで既にパソコンを分解したり蹴ったりして何台も壊しているいとこに教えてもらいに行った。

おやじのパソコンをいじりながら、いとこは言った。
「このパソコン型落ちだから、ウイスル虐待ソフトが賞味期限切れなんだよ。だから、うちにある試食品あげるからね。あとは自分でおいしいの買うんだよ」
「うん」と、おやじはうなずいた。

この二人の会話から読者は一体何を想像するだろうか。両方とも相当なバカだと思うだろう。しかし、事実は違っている。おやじだけがバカなのである。では、なぜ、いとこがこんなバカなことを言ったのだろうか。それは、賢明な読者ならばもうお気づきかもしれないが、おやじにとってはウイルスもソフトも口から入るものだからである。おやじの狭い思考範囲をよく知るいとこは、おやじにとって最もわかりやすい方法で説明したのだった。

こうして、いとこに頼んでインターネットプロバイダにも加入したおやじは、夜な夜なインターネットにはまるようになったのである。ただし、断っておくが、このころ、まだ世の中には光ファイバーも無線LANもなく、あるのはダイアルアップばかりであった。

そして、おやじの国際化が始まった。

おやじが夜な夜な各種ホームページを閲覧するようになって数カ月ほど経過したある日のことだった。かみさんが家のポストに入っていた郵便物を取り出して見ていたら、KDD（当時の国際電電のことである）からの請求書があったのである。「ん？」と思ったかみさんが封を切って中を見ると、かけた覚えもない南アフリカ共和国への通話記録があった。通話料は４万円だった。

「まーくん、今日、スッゴイ間違い請求書来たんだよ」
「何？」
「明日にでもKDDに連絡して調べてもらわなくちゃ」
「ん？」
「だって、まーくんが外国に電話するわけないもんね」
「するわけねえよ」
「南アフリカなんて、あんな所に知り合いいるわけないのにね」

そう言って、かみさんは電話をかけた日付と時間とを眺めていた。すると、どうもおやじがインターネットを やっていた時刻に重なってきているような気がしてきた。

「ねえ、まーくん。これちょっと見て。この日付と時刻、まーくんがインターネットやってた時間と同じじゃない？」
「ん～」

これがどういうことかは、おやじと同類の経験のある読者ならばすぐにおわかりかと思う。しかし、何のこと かわからない読者のほうが清廉潔白な人生を送っていることは明らかである。そこで、意味不明を感じておられる清い読者のために説明をするが、要するに、おやじは超お下品なホームページを見ていて、そこに潜んでいたウイルスにプロバイダの設定を書き換えられてしまい、毎回南アフリカ共和国にダイアルアップしていたのである。そして、インターネットに接続すると必ず、そのお下品ページに直行してしまう。たまにおやじがまじめにラーメン関係の市場調査をしようとしても、ブラウザが勝手にそっちのほうにばかり行ってしまうので、まんざらでもないおやじもそっちのほうばかり見ていた、というわけである。

しかし、そのツケは大きかった。あとから事情を知ったかみさんは激怒し、おやじの小遣いから電話料金を KDDに支払わせることにしたのだった。

「かあちゃん、もっと優しくしてけろ～」
おやじが嘆願したが無駄だった。
「優しくしろだと？よくもヌケヌケとそんなこと言えるな。よその女の裸見るために国際電話かけるなんて！」
「女だけでねえよ～。男のもだよ～」

ガツ～ン！！
かみさんの鉄拳が飛んだ。鼻血を出したおやじはカメムシのように床に転げた・・・。

これ以来、さすがに多少の学習をしたおやじは、甘くておいしいウイルス虐待ソフトを購入し、ADSLに加入し、小まめに Windows Update をするようになったのだった。

しかし、それでおさまらないのはかみさんだった。なぜなら、少々古風な脳ミソを持つかみさんは、他人の裸を見るのに、なぜ拝観料でなく電話料を払うのか、どうにもこうにも納得が行かなかったのである。

それもこれも今は昔の話・・・。これにて一件落着！