五福星

第１回

仙台に赤提灯に毛が生えたような小さなラーメン屋がございます。『五福星』と書いて「ウーフーシン」と読みます。名前が何となく中国風なので華僑かと聞かれることもあるらしいのですが、何の何の、バリバリの仙台人です（何がバリバリかというと、仙台弁が）。

さて、この五福星にはデブのおやじが一名おりまして、店主兼職人という立場で日々たいして美味くもないラーメンを作っております。そして、さらに困ったことには、世の中には妙な人がいるもので、よりによってこのおやじと結婚してしまった女がおりました。それがかみさんでございます。この二人、連れ添ってもう二十年近くになりますが、日々の喧嘩が絶えなくて、五福星界隈の住民の皆様
にはご迷惑をおかけしております。

ところで、話は五福星開店当初の十数年前にまでさかのぼります。

おやじは親の反対を押し切ってラーメン屋を始め、またかみさんも親の反対を押し切っておやじと結婚してラーメン屋のおかみとなりました。そして、ラーメン屋を開店して結婚したまではよかったのですが、困ったことに住む家がないわけです。実はこの二人、結婚前から同棲してアパートに住んでおりましたが、開店にともなって銀行に借金はできるわ、手持ちの少しばかりの貯蓄は底を突いてしまうわで、アパートの家賃を節約しなければやっていけなくなってしまったのです。
そこで、おやじは悪いアタマで一計を案じました。
「なあ、かあちゃん。おめえのおふくろの家に住めねえが？もう親父さんも死んでて婆さん一人だべ？一緒に住んでやっからっつえば（やるからと言えば）、いいって言うんでねえが？」
おやじの提案にかみさんはちょっと迷いました。
「ん～。だけどさぁ、うまくやっていけるかなぁ。うちの母親、結構強いからね」
かみさんはこう言っておりますが、実は同じＤＮＡを持つかみさんも負けず劣らず強いのです。でも、自分のことは見えない。まあ、これはみんなお互いさまですから責めないことにしておきましょう。
で、こんな風に言われたら、普通の人ならかみさんの母親とうまくやっていけるかどうか心配になるところですが、身体だけでなく神経も図太いおやじは平気な顔でかみさんの実家入りをいたしました。とはいえ、家賃も払わないで住まわせてもらうわけですから、おやじでも少しは気を使わなければなりません。

引っ越した翌晩のことでした。前日は休みで引っ越しに時間を使ったわけですが、その日は営業日なので店には夜の１１時近くまでおりました。そして、かみさんの母親、つまりおやじにとっての姑の家にかみさんと二人で帰ったのはもう１２時を少し過ぎて、次の日になりかけていた頃合いでした。
駐車場に車を止めて家の前まで行きますと、玄関の明かりは消えていました。もう真夜中ですから、それは当然のことです。そして、玄関の鍵もかかっていました。これも当然です。
玄関の鍵を開けると、二人はそっと中に入りました。

「喉乾かない？」
「んだな（そうだな）」
二人は冷蔵庫を開けて、昨日入れておいた缶ビールを取り出しました。そして、プシュッ！と音を立ててビールの缶を開けました。
ある悲劇がおやじを襲ったのはその時でした。二人でビールの缶をプシュプシュッと開ける音を深夜に耳にした姑が、わざとらしく自分の部屋のほうで咳払いをしたのです。
「あ、うちの親、まだ起きてたんだ」
かみさんがシマッタという感じで言いました。けれども、おやじは何も感じない様子です。
「あ～？何や、婆さんのくせしてまだ起きてんのがや？」
かみさんは気の利かないおやじに言いました。
「まだ起きてんのかじゃないよ。寝てると思ったからそのまんまにしておいたけど、起きてるってことは、一応は、ただいまぐらい言わなきゃないってことじゃないの。あたしたち昨日ここに越してきたばっかりなんだからね。一日二日ぐらいは気をつかわないと」
「なるほど。そういうごどが」
おやじはビールを飲むのをやめて、姑の部屋の前に行きました。
「ごめんくださいませ」
「・・・・・・」
襖の隙間から姑の部屋の明かりがもれているのですが、姑は何も言いません。おやじはもう一度声をかけました。
「ごめんくださいませ。あのう、まだお休みでなければ、ご挨拶申し上げたいんですげんとも」
それでも姑は返事をしません。おやじは馬鹿らしくなって挨拶するのはやめようかと思いました。でも、今挨拶しておかないと、明日の朝になって気まずくなってしまうかもしれません。思いなおしたおやじは襖に手をかけ、数センチだけ開けて、中を覗かないようにして言いました。（ちなみにお断りしておきますが、おやじが中を覗かないようにしたのは女性に対する礼儀のためではありません。相手がお年寄りだったからです。嗚呼、ロクデナシ～～♪）
「お母さん、ただいま帰りました」
おやじは、「少ししか開けてねえがらこっちからも見えねえげんと、どうせ向こうからも見えねえべ。んだげんと、もしも見えてしまったらヤベエべなあ（ヤバイだろうなあ）」と、その程度の発想で、ぶよぶよのデカイ身体を無理に丸めて三つ指ついてお辞儀をいたしました。
すると、まるでそんなおやじの気配を感じたかのように姑は襖を大きく開きました。そして言ったのです。
「なんだ、三つ指なんかついて。おまえ、男芸者か！」

こうして、この二人の強烈すぎる婿姑バトルが始まりました。これには橋田寿賀子もかないません。事実は小説よりも奇なり、なんてもんじゃないのです。これぞまさしく、渡る世間は鬼ダラケ！
で、どんなバトルが展開されるのか、そしてなぜそこに犬が出てくるのか、それは次回から追々解説してまいりましょう。

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