五福星

第９回

おやじはただ遊びに来たような顔をして家の中に入りました。かみさんもコバヤシと一緒に黙っておやじに従いました。でも、内心はかなりびくびくしていました。

家の中に入ると、おとっつぁんがいつものように座卓の側でごろ寝をしながらテレビで野球の放送を見ています。おっかさんがおとっつぁんに声をかけました。
「お父さん、バカ息子が来たよ」
おとっつぁんが振り向きました。
「何や、おまえ、生きてたのか？おれはおまえなんかとっくの昔に死んじまったと思ってたぞ」
おやじが言いました。
「何や、オヤジ、死んでるとは失礼だべ？」
すると、おとっつぁんは
「何言ってんのや？このバカが～。親の反対押し切って家飛び出してラーメン屋なんぞになりやがってよぉ。とにかくな、おれはおまえなんか死んだと思ってっからな。いいが？仏壇見てみろ、仏壇」
と言って、顎で仏壇を指しました。おやじとかみさんが仏壇を見ると、なんと、そこにはおやじの写真が置いてあって、水と花が添えてあり、そして、なぜかおやじの写真の脇には森永のミルクチョコレートが立てかけてありました。
「何や、オヤジ、おれはミルクチョコレートなんか好きでねえど」
すると、おっかさんが言いました。
「あれはね、位牌の代わりなんだよ。色合いが何となく位牌に似てるでしょ。茶色の地に金文字で。オホホホホホホホ･･･」
「バガヤロ～。ほだごどしたら、森永に失礼だべ？いい歳こいで（いい歳して）何バガなごどやってんのや？」
文句を言うおやじにおっかさんが叱るように言いました。
「屁理屈はいいから、とにかく、あんた、自分の位牌に手を合わせなさい！」
「何や、おふくろ。自分の位牌に手～合わせろって何や？」
「ほら、あんた、チョコレートを位牌だって認めたじゃないの！」

この、本当にバカバカしい親子の会話に我慢しきれなくなったかみさんが、とうとう口を開きました。
「あのう、お父さん、お母さん。ずいぶんご無沙汰してしまって、本当に申し訳ありません。こんなことやってて、本当は言えたもんじゃないんですけど･･･」
と、かみさんがここまで言ったところで、やっと我に（？）返ったおやじが慌ててかみさんの言葉をさえぎるようにして言いました。
「あ、あのやぁ、おやじとおふくろ。実はやぁ、ちょっと頼みがあって来たんだげんと」
おやじがここまで言いかけると、おとっつぁんがムッとした表情で言いました。
「何だ、金か？金ならねえど。おまえが自衛隊にいた時にぶっ壊した人間魚雷の蓋、おれが弁償したんだがらな。その分返さねえうちは１円だって貸さねど（貸さないぞ）」
実は、おやじは高校を中退して海上自衛隊に入隊したことがあったのですが、展示品の人間魚雷に乗ったら、デブが原因で腰が抜けなくなって出るのに一苦労、蓋まで壊してしまったのでした。もちろん、それだけが原因ではなかったのですが、ひとことで言えば、規律を無視しすぎるという理由で自衛隊から追い出されていたのでした。
「何や、オヤジ。おれは好きで自衛隊に入ったんでねえど。おれがデブで暑苦しいっつう理由で邪魔者扱いして自衛隊に入れたんだべ？おれはあんたたちの本音知ってっと」
「そこまで自覚してんだったら、もっと苦労して痩せてみろ。痩せたら金貸してやっから」

また話が変な方向に行ってしまいました。これではいつまで経っても話が先に進みません。困ったかみさんは軌道を修正するべく、また口を挟みました。
「あのう、お話し中誠に申し訳ないんですけどぉ、あのう、実は今日のお願いというのは･･･」
かみさんがここまで言ったところで、またおやじがかみさんの言葉をさえぎりました。
「おめえは黙ってろ。おれが言うんだがら」
この二人の態度に、何となく事情を察したおっかさんがぽつりとつぶやきました。
「嫌だわねえ。ここに住みたいなんて言ったりして･･･」
「そ、そ、そ、それや！おふくろ、さすがはおふくろだなや。おれだぢさぁ、実は、こいつ（かみさんのこと）の親の家さいらんねぐなって、出できてしまったのや」
これを聞いて、おとっつぁんがいきなり声を荒らげました。
「何だと！このバカ息子、おまえいつの間に女房の実家に転がり込んでたんだ？アパートさ住んでたんでねがったのが？」
「いやぁ、あのや、金がねくてよ。仕方ねくてかあちゃんのおふくろの家さ住まわしてもらってたのや。いや、あの婆さんもや、結構いい人だったんだ。だげんとも～、おれがこれ飼っちまったもんだがら、話がこじれてしまったのや」
と言って、おやじは背中に抱えていたコバヤシを差し出しました。そして、また余計なことを言いました。
「なあ、オヤジ。うぢのおふくろもバガだよな。この犬の顔見ておれの子供だってよ。つうごどは、あんたらの孫ってごどだべ？バカも休み休み言えってなあ～」

おとっつぁんの表情がさらに険しくなりました。家を離れて久しかったおやじはうっかり忘れていたのですが、自分の髪の毛一本にこだわるおとっつぁんは、嫉妬からというわけでもありませんが、毛がくっついて汚いという理由で大の犬猫嫌いだったのです。

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