五福星

第２０回

コバヤシのおかげでおっかさんに大迷惑をかけてしまったおやじは、泣く泣く実家を出ることになりました。なぜ泣く泣くかといえば、ほかにタダで居すわれる場所がなかったからです。

てなわけで、おやじ夫婦はあちこち不動産屋を当たって、ようやく狭いけれども家賃の安いアパートを見つけることができました。もちろん犬を飼っていることは大家さんにはナイショです。

アパートに引っ越してからは、おっかさんの家にいたころのようなきらびやかな環境もなく、ガラクタのような家財道具に囲まれながら暮らす日々でしたが、かみさんにとっては気楽な分だけ快適な生活となっていました。もちろんコバヤシはいるけどいないことになっているので、ともすれば車の中で一夜を過ごすなんてこともありましたが、それでも五福星が開いている時間帯は店番をして、お客さんにシッポを振ってはごちそうにありつくという、これまた犬なりに快適な生活が続いていたのです。

と、ある定休日のことでした。近所に住む大家さんが家族揃って海外旅行に出かけてしまったので、かみさんは大いに安心して、堂々とコバヤシを連れ出して散歩に出かけました。

アパートの敷地から道路に出て、コンビニに立ち寄って買い物をして、さらに近所のラーメン屋さんを外から偵察しながら闊歩していると、なぜかコバヤシが道を逸れてどこかへ行こうとするのです。かみさんは不思議に思いました。なぜなら、おやじがコバヤシと散歩をするのは五福星や実家の近くと決まっています。なぜって大家さんに見つからないようにするため。だから、コバヤシがアパートの界隈を散歩したことはないはずなのです。なのに、コバヤシはかみさんが行こうとしているのとは別の方向へと引っ張るのです。

「ん？？犬を飼ってる家でもあるのかな？それとも、どっかの犬のオシッコの匂いに誘われた？あ、違うな。コバヤシは食い意地が汚いから、何かおいしそうな物でも見つけたのかな？」
かみさんは呑気にこんなことをつぶやきながら、コバヤシに引かれるままに沿道へと入っていきました。すると、その細い道の片方には小さいけど小奇麗なマンションが建っていました。

「へえ～～。こんなとこにこんなのがあったのかぁ。いいなぁ。いつかはこんなマンションに住んでみたいなあ～。あ、でもダメだね。コバがいるから、やっぱりうちは一軒家を目指さないとダメなんだよね」

いつ叶うとも知れない儚い夢を思い描きながらかみさんがコバヤシの行く方向に従うと、なんとコバヤシはそのマンションの入り口の階段の下に入り込もうとしたのです。

「ダメだよ、コバ。ここはヨソの家なんだからね、入っちゃダメなんだよ。敷地内への不法侵入になっちゃうよ。ホラ、コバ、こっち来なさい」

かみさんはコバヤシに何だかんだと言い聞かせながら、首輪につながっている紐を引っ張りました。それでもコバヤシは中に入って行こうとします。

「コラ、コバッ！おまえダメじゃないか。それとも、おやじとの散歩の時、空き巣でもしてるっていうのか？オイ・・！」

と、ここまで言って、かみさんは一瞬ギクッとしました。そう言えば、かみさんはおやじのおっかさんから、おやじは子供のころ、すぐ隣に住んでいた親戚の家へ行って、お祖父さんや伯母さんの財布からお金を盗んでは小遣いにしていたという話を聞いていたのです。おまけに、くすねたお金で友達に大盤振る舞いして、「金は天下の回りもんだぁ～」とうそぶいたとのこと。かみさんの脳裏にはあまりにもおぞましい光景が浮かんでいました。それは、窃盗で手錠をかけられたおやじの姿･･･。

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