ある日、五福星に地元のテレビ局から電話がかかってきました。
「あのう、おたくのお店では犬が店番してるって聞いたんですけど、取材させてもらえませんか？」
「いいよ」

こうして、コバヤシはラーメン屋の看板犬としてテレビに出演することになりました。かみさんはコバヤシに晴れ着を着せようと思ってアロハシャツとかチャイナドレスも用意したのですが、コバヤシは美白に成功したばかりの自分の体を見せたいのかどうか、服を着せられるのを拒否します。仕方なく、かみさんはコバヤシをいつものように犬らしい裸のままでテレビに出すことにしました。

やがてテレビ局の人が五福星にやってきて、コバヤシの様子をいろいろな角度から撮り始めました。コバヤシはあっちへウロウロこっちへウロウロ･･･。やはり何となく落ち着きません。いつも店番をしていてお客さんには慣れていたコバヤシでしたが、さすがにテレビ撮影用の強い照明がうっとうしいのと、変な棒のようなもの（人間にとってはマイク）が頭上で宙に浮いているように見えるのが気味が悪いのです。
そうこうしているうちに興奮したコバヤシがワンワンと吠えだしました。これによって撮影は一時中断。けれども、おやじがチャーシューの切れ端を取り出すと、途端におとなしくなって、お手の体勢に入りました。
「ほれ、コバヤシ。おめえは食い意地がきたねえからな。こんなんですぐに騙されるんだよな」
確かにかなり食い意地の張っているコバヤシは、わさびでもこんにゃくでもバナナでもガツガツ食べてしまいます。ましておやじのこだわりの高級豚肉で作ったチャーシューですからおいしくないわけがありません。まるで獅子舞のようにガッツくと、もっと欲しくて勝手にお手の体勢、しかも何を思ったか、さっきまでなつかなかったリポーターのおねえちゃんに向かってお手をしたのです。
「や！親方！これで行きましょう！」
突如、ディレクターが声を上げました。
「コバヤシ君はさっきまでリポーターになつかなかったじゃないですか。それがこういう態度をとり始めたということは、コバヤシ君の好きな食べ物さえあれば撮影ＯＫということでしょう、たぶん。それで、親方、申し訳ないんですけど、リポーターにラーメン食べさせてもらえませんかねえ。で、リポーターがコバヤシ君におすそ分けするシーンを撮るということで･･･」
「あぁ、ほすか（そうですか）。いいっスよ。じゃ、ちょっとだけ待ってでけねすか（くれませんか）」
そう言うと、おやじはリポーターに食べさせるラーメンを作り始めました。
で、その時コバヤシは何をしていたかというと、いくらお手をしても何もくれないので、リポーターのスカートの裾にジャンプして飛びつき、そのまま歯で思いっきりスカートに食らいついてぶら下がっていたのでした。リポーターは「このバカ犬！」と、蹴りを入れたい気分 でしたが、カメラがおやじがラーメンを作る様子を撮影している最中でもあったので、ひたすらガマン、スカートがめくれるのを気にしながら懸命にぶら下がるコバヤシを離そうと努力しているのでした。

ほどなくコバヤシにやる分のチャーシューものっかったラーメンが出来上がり、リポーターが五福星の小さなカウンター席に腰をかけて、テレビカメラを見ながらしゃべり始めました。
「私は今、ラーメン店の五福星さんに来ています。どうして今日お邪魔したかと言いますと、こちらのお店で飼っているパグ犬が店番をしているとちまたで噂になっているからなんです。そこで、わが『お邪魔虫テレビ』はそのパグ犬に対面すべく、噂の五福星さんにやってきたというわけです。で、こちらが、その噂のパグ犬のコバヤシ君です」

さっきのディレクターもそうでしたが、テレビ局の人たちは、コバヤシを勝手にオスだと決めつけて、君付けで呼びまくります。でも、おやじもかみさんも「顔を見ただけではとても男とも女とも見分けのつかないワンコのことだから仕方がないや」とうっちゃっておきました。
けれども、何と、コバヤシ自身がオトコ扱いされていることが気にくわなかったのです。というのも、コバヤシはおやじの実家でいつもおっかさんに
「コバヤシ。おまえはそんな顔してるけど女の子なんだからね。おしとやかにするんだよ」
と言われ続けていたために、自分は女だという意識（？）が宿ったのかどうか、とにかく自分の名前の後に「君」の付いていることが気にかかって仕方なかったのです。ペットを飼っていない人にはちょっとわかりにくいかもしれませんが、毎日毎日話しかけていると、ペットも自分と関係のある言葉、自分にとって都合のいい言葉、悪い言葉を覚えてしまうものなのです。そういうわけで、自分の名前の後に「君」のあることに違和感を抱いたコバヤシは、目の前の食べ物のことを忘れて再びリポーターに敵対心を向け始めました。

場面をもとに戻しましょう。
リポーターがコバヤシを紹介すると、リポーターの足元にお座りしていたコバヤシをテレビカメラが映し出しました。
リポーターがコバヤシにマイクを向けて話しかけました。
「はい、コバヤシ君。こんにちは。親方の作るラーメン、おいしいでしょう。毎日味見してるんだってね」
と言った途端の出来事でした。コバヤシは一気にリポーターの膝の上に飛び乗ると、そのまま彼女の太股を思いっきり蹴って、カウンターまで上がってしまったのです。
「痛あ～～～！！」
リポーターは撮影中であることを忘れて思わず声を上げてしまいましたが、ディレクターが面白がってＯＫのサインを出すので、撮影はそのまま続行。リポーターは太股をさすりながらコバヤシのやんちゃの実況を始めました。
「あ、あのう、コバヤシ君なんですけど。私の太股を蹴っちゃうから･･････」
けれども、ここまで言うと、リポーターは突如黙ってしまいました。そして、
「あら？あら？」
と、カウンターにのっかってリポーターのラーメンをガッツくコバヤシのお尻を見て、そしてようやくコバヤシがメスだということに気づいたのです。しかし、時すでに遅し。コバヤシの敵対心はラーメン上のチャーシューに鼻がくっついたその時に爆発してしまいました。
「クシャッ！」
クシャミとともに鼻水混じりのラーメンスープとかじったチャーシューがコバヤシの口から飛び出し、リポーターにかかってしまったのです。
「ＯＫ！」
ディレクターの声がかかりました。
「親方。これイケますよ！やらせでもなかなかこうは行きませんからね！」
こう言うと、テレビ局のスタッフたちは、化粧も衣装も台無しで泣きそうになっているリポーターを連れて、満足そうに帰っていきました。

「何や、あれ･･･。んだげんと、汚れたの、ねえちゃんだげでいがったな。洗ったって化粧落ちて誰だがわがんねぐなるだげだがらや。だげんとも、カメラとかマイク汚してたらテエヘンだったどぉ～、コバヤシ。もしほだったら（そうだったら）弁償させられたもんなぁ」

その夜、飲んべえのおとっつぁんが忘年会の帰りに仲間を連れて五福星に立ち寄りました。
「おい、今日、テレビ局来たんだべ？」
ミーハー根性の強いおとっつぁんが仲間に誇示するように言いました。おやじはすでにかなり酔っぱらっているおとっつぁんを迷惑に思いましたが、会社の同僚もいることだし、一応は親の顔を立てることにして、その日のテレビ撮影の顛末を話しました。すると、おと っつぁんはいつもの犬嫌いはどこへやら、奥にいたコバヤシをわざわざ呼び出して、こう言いました。
「おい、コバヤシ。おめえ、今日は命拾いしたな。もしテレビ局のカメラとかマイクにおめえの鼻水だのヨダレだのが入っちまって壊れたらよぉ、おめえ、今頃チャーシューにされてだど！クククククク･･････」
おやじがラーメン屋になると言った時、誰よりも反対していたおとっつぁんでしたが、バカ息子の店が、犬がネタとはいえテレビに取り上げられたりするのがうれしくてたまりません。おとっつぁんは得意満面で言いました。
「おい、バカ息子。おまえ、おれのおかげで店出せたんだがらや、今日はおまえのおごりだぞ」
おとっつぁんと一緒にいた同僚たちが酔った勢いで派手に拍手しました。
「息子さん、悪いねえ～」「ごっつぁん！」ムカついたおやじは「言いてえ放題言ったあげぐにタダ食いかよ」と喧嘩モード
に入りかけましたが、居候の身を意識する良識あるかみさんになだめられ、仕方なくおごったのでした。

こうして、おやじ夫婦とコバヤシの年の瀬は過ぎようとしていました。気がつけば、外には雪がちらほらと･･･。おやじの図体を模したような五福星の赤提灯も寒そうに明かりを灯しています。
「来年はもっとまともな人生送りてえなあ～。最後は災難だぜぇ」
狭い厨房の中でボヤくおやじの声が居合わせた常連のお客たちの耳にも入りました。
「ねえ、親方。災難ついでにおれたちにもごちそうして！」

まがりなりにも経営者のおやじにとって本当に辛い年末となりましたが、もちろんかみさんもうんざり。でも、なぜかコバヤシだけは元気です。どうやらおやじの不幸はコバヤシの喜びらしい兆候が出始めていたのでした。