五福星

第５回

朝になりました。
いつもより早く起きたおやじは、姑がまだ起きていないか、活動を開始していないかと様子を伺いながら台所へ行き、コバヤシに飲ませるつもりで牛乳を冷蔵庫から出しました。まぬけなおやじはそのまま牛乳パックを自分の部屋へ持っていこうとしましたが、ようやく皿がないとだめなことに気づき、今度は食器棚の中を物色し始めました。おやじは食器棚の中から一番汚らしい皿を見つけると、牛乳と一緒に部屋に持ち帰りました。
部屋に戻ると、おやじはその小汚い皿に牛乳を注ぎ、コバヤシに飲ませました。コバヤシはペロペロとおいしそうに飲みました。

その時でした。突如、台所のほうから絶叫マシーンさながらの叫び声が響いてきました。
「皿～～～～っ！あたしの皿～～～～っ！どこだ～っ！出てこーい！」
それは姑の声でした。

「こんな小汚ねえ皿でずいぶん大げさな婆さんだなや～」
おやじは姑の絶叫を無視してコバヤシに牛乳を与え続けました。かみさんも牛乳を飲むコバヤシを見ると可愛らしくて、ニコニコしながら言いました。
「どうせもう少しすると自分の部屋に戻るはずだから、そしたら洗ってもとに戻しておけばいいよ」
「ほだな（そうだな）。んだげんと、なんでこんな汚ねえ皿であんなに大げさに騒ぐのや？」
「それはさ、勘だよ。いつもあった場所にないからさ、きっとあたしたちが使ってるって思ったんだよ」
「んで、当たってっぺ。やっぱり透視能力が」
「何言ってんの。そんなこと、透視能力なくたって想像のつく範囲じゃないの。ホントに嫌だよね。いちいち"ムーモード"で考えるんだから」
「ほだごど言ったって、この世の中には人間のわがんねえごどがいっぱいあっぺや（あるだろう）」
「だからって、いちいちムーになるなって言ってるの！」

二人がこんな話をしていると、また姑が大声で騒ぎ出しました。
「あ゜～～！あの皿、先祖伝来の江戸時代の骨董品！あ゜～～！あれと同じ皿、骨董屋で１０万円以上で売ってるのに！あ゜～～！この家には物の価値のわからないドロボーがいたなんてねえ～～。あ゜～～！」

これを聞いておやじはちょっと慌てました。
「な、何や？この皿、江戸時代のなのが？」
「江戸時代って、あんた、江戸時代知ってんの？」
「今より昔だべ？そのぐらいは知ってっと（知ってるよ）」
「あ～、情けな･･･」
「とにがぐよぉ、ホントにこの小きたねえの、骨董品なのが？」
「うちのお母さんの実家はね、ちょっとした旧家だったんだよ。だから、嫁入りの時に持ってきた物なんじゃないの？」
「なんだ、おめえ知らねえの？」
「あたし、興味ないもん」
「んだげんとも、１０万円だとよ。いっそのごど、婆さんがモウロクしたっつうごどにして、この皿、骨董屋さ売っちまうべ」
「それこそドロボーだよ。バカだね。それにさ、売る値段と買い取る値段とじゃ違うでしょ。持ってったって、買いたたかれるに決まってるじゃん。それよりも、皿がきっかけで犬のことバレたなんてことにだけはしないでよね。今のあたしたちにはそっちのほうが問題でしょ。それに今日は店開けなきゃないんだし、コバヤシどうすんの？連れてくんでしょ」
「そうだな。まさかこいつ一匹だけ置いてくわげにもいがねえしな」

おやじは姑が騒ぐだけ騒いでから自分の部屋に入ったのを確認して台所へ行き、皿をさっと洗ってもとの場所にしまいました。それから、わざと大きな声でかみさんを呼びました。
「おい、かあちゃん。今日は店だがら、早くしろよ！」
都合が悪くなると何でもかんでもこっちに振ってくるおやじにかみさんは毎度腹を立てていましたが、商売第一、とにかく一日も早く借金を返したいと願うまともな神経のかみさんは、まぬけなおやじのまぬけな行動を無視するかのように自分の支度に精を出しました。

そこへ姑が現れました。
「ちょっと、あんた、あたしが小林家から持ってきたお皿、知らない？」
「知らない。どこに置いといたの？」
「そこの棚ん中だよ」
「なんでそんな大事な物、その辺の棚なんかに入れておくのよ。ちゃんとしまってたらいいじゃない」
「何言ってんだよ。あんたがまともな男の所に嫁に行く時に持たせようと思って大切にしてたのに、よりによってあんな出来損ない連れてくるんだから。がっかりしたから、甲羅乾し兼ねてちょっと使ってみようかと思って出しといたんだよ」
「ホントにそんなにいいお皿なの？」
「そうだよ」
そう言うと、姑（いや、かみさんにとっては実の母親）は自分の部屋に入ってしまいました。

かみさんはちょっと心配になりました。
「あのバカおやじ、下手すると、あの皿持ち出してお金に換えてしまうかもしれない･･･」
そう思ったかみさんは、棚の中から例の皿を出して、母親の部屋に持っていきました。
「ねえ、お母さん。あったよ」
「あれ？どこにあったの？あたしは見つけなかったけどね」
「うん、思い出したんだけどさ、昨夜片づける時、あたしが動かしてたんだよ。まさかそんな高価なお皿だと思わないから、別の皿の上に載せておいたんだ」
「あ、そうなの。だったらいいんだけどね。じゃ、また置いといてよ」
「え？あ、いいよ、いいよ。そんなに大切なら、お母さんの部屋に置いといたほうがいいんじゃない？壊したりすると、困るし･･･」
「あ、そうかい。じゃ、そうするかね」
姑は皿を娘から受け取ると、押し入れの中にしまいました。それを見たかみさんは、ほっとしました。

姑が静かになったので、かみさんはおやじを急かして、コバヤシも連れて仕事に出かけようとしました。と、その時でした。コバヤシが可愛らしい声でワンワンと吠えてしまったのです。途端に姑が出てきました。
「ほら、犬いたな！おまえたち、あたしを騙そうとしてるようだけど、こっちだって長いこと生きてるんだからね、そう簡単には騙されないよ。それにさ、さっきの皿、犬に舐めさせたんだろう？わかってるんだからね。オイ、そこのデブ。先祖伝来の由緒ある小林家の皿を犬なんぞに舐めさせた分、弁償してもらうからね。いいねっ！」
姑は最初から犬のことは知っていましたが、そうとは気づかぬおやじ夫婦は、「行ってきま～す！」とごまかすと、コバヤシを連れて一目散に外に飛び出し、表の道路に向かってドドドッっと車ごと走り去りました。

家に残った姑はニヤリ。
「さて、あの皿、どうやって弁償させるかねえ」
実は、あの皿が先祖伝来なんてのは真っ赤なウソ。ご近所の引っ越しの時にいらなくなったのを、何かの役に立つかもしれないと思ってもらっておいた物だったのです。

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