おやじ夫婦とコバヤシがおやじの実家に寄生するようになってしばらくしてからのことでした。
コバヤシももうすっかり大人の体格になって、女っぽくはなりませんが、何となく大人びてきた頃のことです。
おやじが突如かみさんに言いました。
「なあ、かあちゃん。コバヤシももう大人だべ。んだがらや、子供取ってみっかと思うんだげんとも」
「え？子供？まだ早いんじゃないの。体が大人っぽくなったからって、やることはただのやんちゃじゃないの」
「何言ってんのや？犬だの猫だのはなあ、生まれて６カ月もすれば子供取れるんだ」
「それはわかってるけど、要するに、あんたの欲のためにコバヤシに子供産ませたいんでしょ」
「欲って言い方はねえべ。ちゃんと血統書付いてんだし、買う時だって、ペットショップの店員に、いい血統してっから子供欲しい人いるんでねえべがって言われたのや」
「お店の人がいるんでねえべがって言ったの？」
「んだ」
「その人も東北弁丸出しなんだ」
「ほだごど言ってねえべ！意味を理解しろ、意味を！」
「あ、そう。じゃ、その店員さんは標準語しゃべってたんだ」
「話そらすな！とにかくな、コバヤシの子供欲しいっつう人がいっから、見合いさせっからな」
「ええっ？もう相手いるの？」
「そうなのや。この前、コバヤシ連れて散歩してたらや、やっぱしパグ連れでだオッサンに声かけられてや。そんで、そういう話になったのや」
「じゃ、見合いはもうしてるんじゃないの」
「そうでねえのや。そん時連れった犬は年寄りで、そいつの子供と見合いさせっぺっつうごどになったのや」
「ホントに、もう～～！！」
呆れるかみさんを尻目に、コバヤシで一儲けしようと企むおやじは、近所に住んでいるパグ飼いのオッサンの家にコバヤシを連れて行き、数日間預けてきてしまいました。

何日か経ってコバヤシが家に戻ってきました。
「コバヤシ、変なことされなかった？」
かみさんは心配してコバヤシに尋ねましたが、返事するわけもなし、そのまま日数を重ねました。

しばらくすると、コバヤシのお腹が少し膨らんできました。おまけに食欲もなく、散歩もあまりしたがりません。おやじはついにコバヤシ懐妊と大喜びしました。
しかし、おやじの喜びと期待はあえなく消えてしまいました。ただの便秘だったのです。無理やり連れて行った散歩で大量のウンコを放出したコバヤシは、お腹もへこんで、またいつもの元気一杯のやんちゃ犬に戻ってしまいました。
「チクショーッ！種付け料損しちまったべ～～～」
悔しがるおやじをかみさんは冷やかに見つめながら言いました。
「欲出すから、罰当たったんだ～。いいか？おやじ、よく覚えておけ。ペットは可愛がるためにあるんで、金儲けのためにあるんじゃないぞ。わかったか？それで、罰だよ。種付け料の分、毎月分割で小遣いから差し引くからな。いいな！」
かみさんから事情を聞いたおやじの両親は、どう考えてもおやじが悪いとかみさんに賛同し、おやじはそれからしばらくの間、家では四面楚歌の日々を送らなければなりませんでした。

コバヤシの種付けの一件のほとぼりも冷めて、日常的にはいつもの生活に戻ったおやじでしたが、ある夏の暑い日に、突如子供の頃のことを思い出しました。
「そういえば、うちのおふくろ、夏になるとよくスネ毛剃ってたっけな･･･」
その様子を思い浮かべた途端に、おやじは何かを思い立つと、どこかへ出かけてしまいました。

しばらくして、おやじはホームセンターのポリ袋を下げて帰ってきました。そして、コバヤシを呼びました。
「おい、コバヤシ。コバヤシ。こっち来い！」
呼ばれたコバヤシは、悲しいかな飼い犬の習性で、不出来でもご主人様には違いないおやじの側にちょこちょこと現れました。
「よーし。もっとこっち来いや。今日は暑いべ？いくら短くても毛皮着てっとかわいそうだがらな、おれがおまえの毛、刈ってやっからや」
そういうと、おやじはポリ袋から犬用のカミソリを取り出して、コバヤシの体の毛を剃り始めました。まず背中を剃って、お腹を剃って、最後に尻尾を剃って終了です。さすがにまぬけなおやじもコバヤシの頭を剃ることはしませんでした。

体の毛を剃られてしまったコバヤシは、涼しいんだか涼しくないんだか、気持ちいいんだか気持ち悪いんだか、わかってるのかわかっていないのか･･･。人間にはコバヤシが何を感じているのかさっぱりわかりませんが、コバヤシは不思議そうに首を右にかしげたり左にかしげたりしながら、どことなくキョトンとしていました。
おやじが立ち上がって言いました。
「ほれ、コバヤシ。散歩行くど！」

おやじに連れられてコバヤシが散歩に出ると、行き交う人たちが毛を剃られたコバヤシを見ては面白そうに笑いました。まぬけなおやじは、自分が注目されているような気分になって、その日から毎日、五福星の休憩時間に毛のないコバヤシを連れて散歩に出るようになりました。もちろん、体の重いおやじの散歩ですから、そんなに長時間歩くわけがありません。せいぜい１５分程度のものです。
それでも、夏の直射日光のおかげで、毛のないコバヤシの体は心なしか黒ずんできたように見えました。

ある日のことです。かみさんがコバヤシを抱き上げると、脇腹の辺りに少しシミのようなものが見えました。
「あれ？」
不思議に思ったかみさんがコバヤシの体をひっくり返して見ると、明らかにシミと言えるものが体全体に数カ所できていたのです。
「なんだ、おまえ。少し日焼けしただけかと思ってたら、シミまでできてたのか～」
心配になったかみさんは、おやじにコバヤシにシミができたことを伝え、ある程度毛が伸びるまでは日中の散歩はしないようにと釘を刺しました。今回はなぜかおやじもかみさんの言葉に素直に従い、その後、夏の間は夕方か夜に散歩をするようになりました。しかし、かみさんがコバヤシのシミに気づいたのが遅すぎたのです。

残暑も終わって、秋の気配がし始めた頃のことでした。おやじが蛍光灯の下でコバヤシを見ながらしきりに首をかしげているのです。変に思ったかみさんがおやじに尋ねました。
「どうしたの？さっきから首かしげてばっかりいるじゃん」
「いや、あのやぁ、おれの目のせいがな？ほれとも、蛍光灯の光のせいがな？何となくコバヤシに模様ができたような気がすんのや」
「ええ～？」
かみさんがコバヤシを抱き上げてよく見ると、確かにコバヤシの身体に模様ができているのです。かみさんはコバヤシを外に連れて行き、明るい場所でもう一度よく見てみました。すると、あの、シミのあった部分の毛の色が濃くなっていました。
「うそっ! 犬ってシミができると、その部分の毛まで黒くなっちゃうんだ～!」

翌日、かみさんはコバヤシを連れて動物病院に行きました。そして、お医者さんに夏に毛を剃って散歩をさせたことを話すと、
「メラニン色素が沈着して、毛根にまで影響しちゃったんじゃないかなぁ。毛を剃って夏の炎天下に散歩させるなんて、そんな飼い主あんまりいないからね。て言うよりも、うちの場合は初めてのケースだし。ん～。でも、人間でも若いうちはシミって消えるでしょう。もう少し様子見てみましょう」
と言って、炎天下に散歩をさせた飼い主を責めるような態度を取りました。これがおやじだったら「医者のくせして犬のシミ一つ治せねえのが！」とイチャモンをつけてしまうところでしたが、おやじの非常識をよく認識しているかみさんは、お医者さんの言う通りに少しの間様子を見てみることにしました。

家に戻ってくると、おっかさんが心配して、特製コバヤシ用シミ抜き剤なるものを作っていました。
「ねえ、ちょっと。これ、飲ませてみなさいよ」
「何ですか、それ」
「ビタミンＣの入ったスキムミルクよ。人間だって、美白はまずビタミンＣじゃないの。日に当たってシミができたってことは、人間と同じってことでしょ」
「でも、人間だと、シミのできた部分から黒い毛が生えるってことはないと思うんですけど･･･」
かみさんがこんな風に言うと、おっかさんが反論しました。
「あら、それはね、人間は犬と違って毛深くないからよ。人間の顔の毛なんて、たいしたことないでしょ。男の人なんか、最初から髭生えてるから、剃ったって青々としてるだけだし、シミできたってわからないじゃないの。だけど、女の場合は、顔にシミができても生えてるのは産毛みたいなもんでしょ。だから濃くなったってわかんないだけなのよ！」
おっかさんには内緒でしたが、おやじから昔のスネ毛剃りの実態を聞かされていたかみさんは、「なるほど！さすがに年季の入った人間は違う！」と、正しいか正しくないか不明の説に変に関心するのでした。

それから３カ月。コバヤシはおっかさん特製のスキムミルクにサプリのビタミンＣを溶かしたものを朝晩少しずつ飲まされ、不思議や不思議、本当にシミが抜けて、毛の色もすっかりもとの色に戻ったのでした。
自分の発想とはいえ、本当に効果が出てしまったのを目の当たりにしたおっかさんは、
「そんなら私も！」と、コバヤシに右ならえして、毎日ビタミンＣ入りのミルクを飲むようになりました。しかし、飲めども飲めどもコバヤシの場合のような効果は出ませんでした。

これを日々眺めていたおやじが言いました。
「ほだ（そんなに）白ぐなりてえなら、犬になったらいいっちゃ！」